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デザイナー崩れは今日も生きている

このブログの更新が止まった時が、食っていけなくなった時

酒による自己嫌悪の先

日常記録

目覚めと同時に激しい自己嫌悪と憂鬱感が襲って来る日がある。自分はヤバイ奴なんだと思ってさらに落ち込むものの、記憶を手繰り寄せて手記を書く事で一気に回復する。

2月21日(火)
一日中こもって仕事していた。
夜、耐えられなくなって酒を求めて近所のバーを巡る。2時頃就寝。当然、翌朝は目覚めが悪い。

2月24日(金)
英語が上達しない自分にイラつき、一杯だけと思ってバーに行ったが、そこで常連のお客さんとそのまま朝5時まで4軒ハシゴする事になった。

2月25日(土)
近所の友人から一杯飲み行こうぜと言われ、1時間だけ飲もうとしたが、迎え酒でテンション上々。そのまま帰るのもアレなのでビアバーで飲む。近隣の常連集団が近くの焼鳥屋に集まってるから来いよ、と、別の店のマスター自らわざわざビアバーまで私を迎えに来てくれた。断れねえ。参加。焼鳥屋からバーに移り、結局朝を迎える。

 

翌日曜日はグッスリ眠って回復…と言いたいところだけど、私の古いマンションは、遮光のカーテンだけでは陽射しを抑えられないほどに日当たりが良い。真っ暗な中で熟睡するためには、日の出前までに充分睡眠を摂るしかない。つまり、早寝するしかない。私は野生的環境の中で生きているのに、生活が野生的ではない。
電気もガスも水道も行き届き、夜中でも街は明るい。夜遊びというのは、都会的遊びなのだ。週に3回夜遊びしたら、憂鬱になるのは当たり前だと思う。人間の野生に逆らっているのだから。縄文時代には憂鬱なんて言葉はなかっただろう。


仕事で徹夜した場合、フリーランスの私としては収入に繋がるのでまだ達成感がある。しかし、酒を飲んで朝を迎えるのは支出しかない。時間も、お金も。当たり前すぎるこの事を、私はたまに忘れてしまう。
そりゃ、月曜の始まりが憂鬱で自己嫌悪しかないのは当然なのだ。


それでも、こんな日々がない生活も、それはそれで退屈だとも思う。毎日決まった時間に眠り、決まった時間に起きる。酒も飲まず、下ネタでバカ笑いする事もなく、付き合ってないメンズと添い寝して朝を迎える事もなく日々を過ごすなんて、何のために働いているのかよく分からない。

 

先程打合せに行った会社で「何か思い悩んでいるんですか」と聞かれた際、「自分の仕事の仕方や、今の仕事の編集方針が正しいのかどうか、答えがなくて彷徨っています」と、応えた。「夜の街を彷徨い、それによる支出に対する自己嫌悪と、寝不足です」と言わないのが大人の生きる道なのだ。

私は1つ決意した。もっと色の濃いカーテンと、アイマスクを買おう。