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デザイナー崩れは今日も生きている

このブログの更新が止まった時が、食っていけなくなった時

私の愚行

日常記録

現在、英語を習いに英会話教室に通っている。高校の頃、かつて1ヶ月だけミズーリ州と言うアメリカの中央平原地帯でホームステイした事があるが、たかが1ヶ月、そこから10年以上経った今、海外の人を目の前に何も話す事ができない。通い始めた昨年11月は、TPPが可決されると信じていたし、ここ数年で、あきらかに都内から近郊にかけて英語が飛び交う場面に出くわすことが多くなった。なんとなく、そんな時代に取り残されるような気がしてしまったのと、夜な夜なふらふらと飲み歩き、寂しい夜を過ごすくらいなら、そのお金と時間を自分に投資した方が良いと考えた。何よりも、英語を話せた方がカッコいい。

海外のプレゼンテーションサイト、TEDをひたすらオーバーラッピングして独学する事も考えたが、やはり一人だとモチベーションが続かないし、「披露する場面が欲しい」と考えると、外国人講師のいる英会話教室と独学を併用するのが手っ取り早いと考えた。まるで意識高くプレゼンできそうな前ぶりをしてしまったが、今の私はまだBe動詞と一般動詞の意味がさっくり分かるようになってきた程度の超初歩の場面にいる。時に結構話せるようになった、結構聞けるようになったと思える事もあるが、概ね全然だめだと自分を責め、成長しない事にいら立ちを隠しきれない。
恋いこがれているハイブリッドダーリン(過去記事参照)は、日英ペラペラだが、今更英語で話すのも関係上違和感があるし、というか、連絡が取れないのでどうにもできない。

「英語で聖書研究会をしているから、勉強の為に参加してみたら?」と、母に言われた。母親はクリスチャンなので、毎週教会の礼拝に参加している。

小学校の頃は、意味も分からず教会に通っていた。牧師の説教を聞きつつ、昼ご飯の時間になると、「十戒!」などと必殺技のように叫び、哀れに思った大人達が、左右に別れ、海のごとく道を切り開いてくれる事を喜んでいたくらいしか当時の記憶がない。罪の赦しを乞うた方が良い。
いつからから、教会に行く事もなくなり、キリスト教は遠い存在になった。ちなみに、私がかつて通い、今母が通っている教会はプロテスタントである。カトリックプロテスタントの違いは、説明が長くなるので是非ググってほしい。
英語の聖書研究会は、フィリピンの方が多く、英語とタガログ語が飛び交っていた。具体的な研究内容は割愛するが、というか、日本語の聖書を読んでも良く分からなかったので説明が難しいのだが、研究を通じて「愛とは何か」みたいな問いかけがされる。私は「目の前の人を思いやり、実際にその人のために行動を起こす事」という聖人君子のような回答を頭に思い浮かべていたが、そこでは更にその上の回答が出る。「聖書を勉強し、神を思う事が愛」とか、「愛とは、神そのものである」などである。
私は、自分と関わる他人との関係性の中で愛が芽生えるのかと思っていたが、ここではその上に神が存在する。神様あっての私と他人なのだ。自分の回答は視野が狭いと感じ、結局沈黙を貫いた。
研究後の会話においても、「あなたは普段どこの教会に通っているの?」「何歳頃に神のお導きがあったの?」「これから、ここで神様を知って行けば良いのよ」などなど、やはり神様に関する事が多く、クリスチャンにならないと、仲間にはなれないのかもしれないという思い込み故、結局ここに居場所はないと思った。
考えてみれば当たり前の事だ。皆、英語もタガログ語も、少しの日本語も分かるトリリンガルのような人たちにとって、言語はただのツールでしか無く、その上で神様について勉強している人たちなのだから。英語勉強を目的にこの場にくるのは、失礼なので辞めようと思った。これを集客のツールと考えれば、結構教会に通う人増えるんじゃないか?と思ったけど、不謹慎なので口に出さず、密かにここに綴るに留める。集客と勧誘が紙一重になるので、難しい問題だ。
何かしらの神様はいるとは思う。だけどこの場所は、ポップアートを私語厳禁で粛々と眺めさせられる美術館のようであり、落語は伝統文化だから笑わずに静かに見なさいと言われているようでもあり、どうしても馴染めなかったのだ。もちろん、たまたまそういう雰囲気の場所だっただけで、全国の教会がそうではないし、馴染みやすい場所を探そうと思えばいくらでもあると思う。
他国の方々が信仰を持つ中、信仰のない自分と言うのはそれだけ平和な環境で育ったんだなと改めて実感する事ができたので、その点は良かった。不謹慎を重ねるが、こういった宗教的な話の中で一番好きなイベントは、深川不動堂の祈祷である。室内での激しいお焚き上げと、数人の僧侶パフォーマーによるお経セッション、実にエキサイティング。