読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

デザイナー崩れは今日も生きている

このブログの更新が止まった時が、食っていけなくなった時

(笑)を使いこなせる人への嫉妬なのかもしれない

日常記録

友人と居酒屋とバーを周り、最後はラーメンで〆た。
時刻はすでに3時半。最寄り駅まで2人でタクシーで帰り、お互いの家の方向に分かれるまでの道のりを歩く。彼とはたまに添い寝するが、肉体関係には至らない。

「帰ります?添い寝していきませんか?」と、誘ってみたものの、
「理子さん、フローリングにシングルサイズの布団で寝るから、いつも僕はみ出しちゃって寒いんですよね。もうちょい暖かくなったら通いますよ」
と、断られる。寒い時期だからこそ添い寝が欲しいが、風邪を引かせてもかわいそうなので解散。散々、セックスの話だの1回あたり1000字程度に及ぶ妄想官能小説を日々LINE送り合っている仲なのに、大概敬語。

「彼に"このビッチが!"と罵られたらどんなに興奮するだろうか」と考えながら、適度な距離感を保ち、体以外の部分でイチャイチャできる関係がたまらなく良い。これは、お互い30歳以上で経験を積んだモノ同士だからこそ成り立っていると思う。いや、別に私も彼も異性に対して経験豊富とかそういう事ではなく、他人とも友人とも恋人とも、人間関係はガツガツせず、適度な距離を置く大切さみたいなものを習得し、そこそこ孤独と向き合ってきたもの同士の神秘的な関係のように感じているのだ。深くなりすぎず、浅くなりすぎず、添い寝をしてもそれ以上は何もない関係。もしかすると、私が女としての魅力がないだけかもしれないのと、彼の友人と関係を持った事があるために、「あいつと兄弟になりたくない」と切に願っている可能性もある。または、何か病気を持っていると思われている可能性もある。一度関係を持つと重い女になるというのがバレている可能性もある。もしくは、彼が立たない可能性もある。それも含め、「なんで二人がそれ以上の関係に行かないのか」という題で連想ゲームしながらふざけあっているのもまた良い。

彼のLINEには、よく(笑)が使われる。普段会話していても、wwwではなく、wでもなく、笑 でもなく、(笑)の感じをよく出すのだが、ここまで嫌な感じなく、爽やかに(笑)を使いこなせる人を、彼以外に見たことがない。
基本的に、パブリッシングされている文章中の(笑)はあまり好きではない。(一同笑)のような、状況を表すのはまだ嫌ではない。
照れて(笑)を使っている場面においては、覚悟が足りねえんだよ!と無駄に突っかかってしまうし、ニュアンスを柔らかくする意味合いで(笑)を使うのであれば、そこを柔らかくする意図はなんだ?自分が嫌われたくないからなのか?編集者が後から(笑)を付け足したのか?などと、深読みしすぎてその相手も編集者も嫌いになりそうになってしまう。しかし、彼の(笑)は、柔らかくて、(笑)がよく似合う。深い意味を全く持たないからだと思う。

彼は女に興味がないのかもしれない。
「そろそろカミングアウトしてくれても良くないですか?」とか、「なんでバレンタインデーに男2人でニューハーフの店に行ってるんですか?」とか、「そのヒゲの生やし方は、女より男ウケを狙っているでしょう?」とか、「何年も付き合っている彼女とは、一体いつ会っているんですか?」とか、突っ込んでも、その部分の回答は(笑)で済まされる。今後彼の人生がどうなり、誰と付き合い、誰と結婚するかわからないけど、彼の幸せを切に願ってしまう。
では、そろそろ寝ます(笑)

私の愚行

日常記録

現在、英語を習いに英会話教室に通っている。高校の頃、かつて1ヶ月だけミズーリ州と言うアメリカの中央平原地帯でホームステイした事があるが、たかが1ヶ月、そこから10年以上経った今、海外の人を目の前に何も話す事ができない。通い始めた昨年11月は、TPPが可決されると信じていたし、ここ数年で、あきらかに都内から近郊にかけて英語が飛び交う場面に出くわすことが多くなった。なんとなく、そんな時代に取り残されるような気がしてしまったのと、夜な夜なふらふらと飲み歩き、寂しい夜を過ごすくらいなら、そのお金と時間を自分に投資した方が良いと考えた。何よりも、英語を話せた方がカッコいい。

海外のプレゼンテーションサイト、TEDをひたすらオーバーラッピングして独学する事も考えたが、やはり一人だとモチベーションが続かないし、「披露する場面が欲しい」と考えると、外国人講師のいる英会話教室と独学を併用するのが手っ取り早いと考えた。まるで意識高くプレゼンできそうな前ぶりをしてしまったが、今の私はまだBe動詞と一般動詞の意味がさっくり分かるようになってきた程度の超初歩の場面にいる。時に結構話せるようになった、結構聞けるようになったと思える事もあるが、概ね全然だめだと自分を責め、成長しない事にいら立ちを隠しきれない。
恋いこがれているハイブリッドダーリン(過去記事参照)は、日英ペラペラだが、今更英語で話すのも関係上違和感があるし、というか、連絡が取れないのでどうにもできない。

「英語で聖書研究会をしているから、勉強の為に参加してみたら?」と、母に言われた。母親はクリスチャンなので、毎週教会の礼拝に参加している。

小学校の頃は、意味も分からず教会に通っていた。牧師の説教を聞きつつ、昼ご飯の時間になると、「十戒!」などと必殺技のように叫び、哀れに思った大人達が、左右に別れ、海のごとく道を切り開いてくれる事を喜んでいたくらいしか当時の記憶がない。罪の赦しを乞うた方が良い。
いつからから、教会に行く事もなくなり、キリスト教は遠い存在になった。ちなみに、私がかつて通い、今母が通っている教会はプロテスタントである。カトリックプロテスタントの違いは、説明が長くなるので是非ググってほしい。
英語の聖書研究会は、フィリピンの方が多く、英語とタガログ語が飛び交っていた。具体的な研究内容は割愛するが、というか、日本語の聖書を読んでも良く分からなかったので説明が難しいのだが、研究を通じて「愛とは何か」みたいな問いかけがされる。私は「目の前の人を思いやり、実際にその人のために行動を起こす事」という聖人君子のような回答を頭に思い浮かべていたが、そこでは更にその上の回答が出る。「聖書を勉強し、神を思う事が愛」とか、「愛とは、神そのものである」などである。
私は、自分と関わる他人との関係性の中で愛が芽生えるのかと思っていたが、ここではその上に神が存在する。神様あっての私と他人なのだ。自分の回答は視野が狭いと感じ、結局沈黙を貫いた。
研究後の会話においても、「あなたは普段どこの教会に通っているの?」「何歳頃に神のお導きがあったの?」「これから、ここで神様を知って行けば良いのよ」などなど、やはり神様に関する事が多く、クリスチャンにならないと、仲間にはなれないのかもしれないという思い込み故、結局ここに居場所はないと思った。
考えてみれば当たり前の事だ。皆、英語もタガログ語も、少しの日本語も分かるトリリンガルのような人たちにとって、言語はただのツールでしか無く、その上で神様について勉強している人たちなのだから。英語勉強を目的にこの場にくるのは、失礼なので辞めようと思った。これを集客のツールと考えれば、結構教会に通う人増えるんじゃないか?と思ったけど、不謹慎なので口に出さず、密かにここに綴るに留める。集客と勧誘が紙一重になるので、難しい問題だ。
何かしらの神様はいるとは思う。だけどこの場所は、ポップアートを私語厳禁で粛々と眺めさせられる美術館のようであり、落語は伝統文化だから笑わずに静かに見なさいと言われているようでもあり、どうしても馴染めなかったのだ。もちろん、たまたまそういう雰囲気の場所だっただけで、全国の教会がそうではないし、馴染みやすい場所を探そうと思えばいくらでもあると思う。
他国の方々が信仰を持つ中、信仰のない自分と言うのはそれだけ平和な環境で育ったんだなと改めて実感する事ができたので、その点は良かった。不謹慎を重ねるが、こういった宗教的な話の中で一番好きなイベントは、深川不動堂の祈祷である。室内での激しいお焚き上げと、数人の僧侶パフォーマーによるお経セッション、実にエキサイティング。

廃人状態から、木綿のハンカチーフを口ずさむようになるまで

日常記録 感想文

約150ページ分の入稿を終え、燃え尽きた。
朝5時に起き、冷暖房のない場所で撮影、電車移動の合間に仮眠し、深夜まで編集作業をして、翌朝同じように朝5時に目を覚ます。
妄想と現実の間を彷徨っているのが唯一の至福の時だ。とはいえ、そんな期間は年に数回。稼げる時期に稼がないと、一年を過ごすことができない。
休める時にじっくり休み、動ける時に思いっきり動く。こんな働き方、何歳までできるのであろうか?32歳。そろそろしんどい。そんな期間を経て、廃人のようになりながらも、新規の仕事を求めて活動を続けていかなければならない。

 

今月働いた分の報酬は、どこの企業もだいたい翌々月あたりに入金される。1月に区切りよく納めた仕事はないので、3月は今月2月の入金分で生活をすることになる。
私が扱う案件の多くは、話がスタートしてから納品までに約2ヶ月程度かかるものが多い。今月は年末あたりからスタートした案件を一気に納品したが、4月に請求書を上げて6月の生活費を確保するためには、今から新しい案件をスタートさせる必要がある。売り上げが多くあがったとしても、できるだけいざという時の貯蓄に回し、手元には定額だけ残すようにしている。

 

仕事に焦りはあるのに、なぜ恋愛に焦りがないのか?働くことについては前を向いているのに、恋愛に対しては過去に生きようとするのか?私の中の「女」がそうさせているとしか思えない。そうしておこう。


日本とアメリカのハイブリッドダーリンからは、相変わらず既読すらされない「既読すらスルー」の仕打ちを受け続けているが、彼との甘美なひと時を思い出しながら、いっそこのまま思い出の中で生き続け、妄想と現実の間を彷徨って生き続けるのも悪くないかもしれないと想いを募らす。これがそういうプレーであるならば、喜んでそれを受け入れる。
どんなに好きな人と一緒になれたとしても、どうせ2~3年もすればその熱い気持ちは冷めてしまうのだから、美化された思い出とともに過ごすのも悪くない。万一街で偶然彼と会った時に最高の笑顔を振りまけるように、常に自分を最善の状態に保つ努力にも繋がる。
私には、執着と恋愛の区別がつかない。なぜ、仕事では執着すればするほど身を結ぶのに、恋愛ではそうはいかないのか。最近のテーマでもある。

昨日廃人として読んだ、辻村深月さん著の「盲目的な恋と友情」はまさに、「女」全開の話であった。
学生オーケストラの指揮を務める茂実 星近(しげみ ほしちか)と、そこでバイオリンを奏でる天然美女の一瀬 蘭花(いちのせ らんか)、その友人で、顔が決して良いとは言えず、それをコンプレックスに持っている傘沼 留利絵(かさぬま るりえ)という主な登場人物の中で繰り広げられる、盲目的な恋と、盲目的な友情を描いた作品。蘭花から見た星近への盲目的状況と、留利絵から見た蘭花への盲目的状況と、2つの構成から成り立つ。周りからは惚気だと思われている彼への愚痴も、本人からしてみればそれは本当に地獄で、当人同士が共依存に陥っている場合、または一方的に依存している事がある。男女だけではなく、女同士でも同じ事は起こる。今はそういう輪にいないので分からないが、少なくとも中高生頃の女の友情とかいうものは、ほとんどそういった執着のようなもので形成されていた気がする。誰と仲良くなり、スクールカーストのどこに位置するのかで自分のステータスを確立するのが女という生き物だと思う。そのヒエラルキーを気にしているのは、スクールカースト上位の集団ではなく、どちらかと言えば容姿にコンプレックスを持って積極的にコミュニケーションを取れない女性達が、勝手に自分達をカースト下層に持って行ってるだけの場合もある。その代表みたいな存在として留利絵がいた。
作品内では、各登場人物がどういった状況に陥っていて、それぞれの登場人物を通じてどう思われているのかを簡潔に綴っている。

印象的な言葉を一部。

 

蘭花

どうしてみんな、茂美の美しさに気づかないの。あなたたちのその凡庸な彼氏とは明らかに違うのに。何故みな、そんな、美しくない、特別でもない相手で満足できるのーー。

 

どれだけ言葉を尽くされても、正論を語られても、そんな高尚なことは、それがどれだけくだらないとわかっても、茂実が私に甘える泣き声一つにすら叶わない。

 

長くずっと苦しめられてきたから、彼から苦しめられない人生なんて考えられなかった。

 

【留利絵】

そうやって、めぼしい男子とあけすけに口を利くことが自分のキャラクターだと思っているんだとしたら、バカみたいだ。

 

ショックだった。蘭花と茂実がそうなっていた、ということよりも、蘭花がそれを私に何も話していなかったということが、壮絶な、ショックだった。美波は知っているのに。

 

私にあの子は、もっと感謝するべきだったんじゃないか。でも、あの子だって本当はわかっているはずだ。今の自分があるのも、その幸せがあるのも、私のおかげなんだから。

 

私も何かに執着しがちなので、2人の気持ちが分かる。そして、ハイブリッドな彼も含め、男の人が執着することってなんだろうか?と考える。こだわりのモノを持つこと?プライドを守ること?つまり、自分自身に執着するのかーー?そんな男女のすれ違いを考えているうちに、「木綿のハンカチーフ」が頭から離れなくなる。
まさに、「モノ」を求める男性と、「心」を求める女性のすれ違いを描いた歌詞じゃないか。歌詞の中では、もうお互いがダメになるとわかった時、女性は唯一心以外のモノを彼に求める。それが、「涙を拭くためのハンカチーフ」。そうか、ここに男女の心理全てが集約されていたのか。もうダメだ、木綿のハンカチーフが止まらない。しばらく廃人状態が続きそうなので、今夜は木綿のハンカチーフを口ずさみながら映画でも借りに行こう。

都合のいい女の頭の中

妄想と現実の狭間で

アメリカ人の父親と日本人の母親の元に生まれたハイブリッドな彼の綺麗で大きな瞳、長いまつ毛、小さい顔、私を溶かす唇、柔らかい肌、体をなぞる指先。高い鼻。ああ、純日本人とキスするのとは違って、こんなに邪魔になるんだ、鼻って。ここまで顔を傾けないと唇に届かないんだ。彼の首筋からは、香水も付けていないのにいつも桃の香りがした。その首筋に住みたい。しかし、彼には恋人がいる。高級クラブでNo.1に君臨する美しい彼女が。

昨年末に見込ハズレの男と関係を持ってしまい、過去に関係を持ったメンズたちにさえ申し訳ない気持ちで過ごしていた頃、私は彼と出会った。お互いに興味を持ち、すぐに関係を持った。「よし!これで体が浄化された!元彼のみんな、ハイブリッドで美しい肉体の持ち主が兄弟に加わったよ!」と、そこで満足しておけば良かった。この歳になれば、本命の彼女がいる相手に本気になってはいけない事くらい重々承知している。

いくらいい歳になったからと言って、自分が傷つくのは怖い。予め私は彼に言った。

「セックスは同じ相手と3回してみないと分からないって叶恭子様が言っていたから、とりあえず3回してみない?あなたにも本命がいるわけだし」

そうすれば、確実に3回はできる!そして、4回目以降に関係を持たなくなったとしても、「もともと3回の契約だったから」と、振られた自分に言い訳ができる。彼もまた、「斬新なアイディアだね」と優しく笑った。今でもその笑顔が脳裏に焼き付いている。あぁ、思い出が美化され、私の頭の中の彼がますます美しくなっていく。

出会ってから3回目のコトを済ませるのに、2週間とかからなかった。彼曰く「僕たちの相性はとても良い」との事。彼の方から「3回とは言わず、契約を更新しよう」と言ってきた。私の膝枕に甘える彼。一つ一つの仕草が美しくてかわいい。自分の可愛さを知っていて人間に甘えてくる猫と一緒である。こんな甘い関係がずっと続くかもしれないし、これが最後かもしれないし、複雑な想いを抱えていつも深い話をする事はできなかった。それから、2〜3回LINEのやりとりをした。彼の既読が付くときは、彼の方から用があるときだけ。

私が送ったメッセージに既読が付かなくなってから、もう2週間。結局3回で終わった。それならわざわざ「契約を更新しよう」なんて言わなくても良かったと思うんだけど、女性を喜ばせるのが彼の性癖なので受け入れるしかない。それでも、もしまた彼から連絡があったら、私はまた喜んで彼に会いに行く。とうに婚期を逃しているが、誰からも必要とされなくなるくらいなら、誰かの都合の良い女でいる方が良い。いずれ、歳を重ねて誰からも相手にされなくなるその時まで、女たらしのいい男に遊ばれて、転がされている時の心地よさからいつまでも抜け出せないだろう。彼のハイブリッドな下半身は、今日もどこかで誰かを満足させているに違いない。