フリーランスデザイナーから外資に転職

35歳、新人として再スタートしました。

どこに行っても私は満たされない

フリーランス時代が懐かしい。戻れるなら戻りたい。だけど、休日も構わず仕事の心配とお金の心配をし続ける日々もどうなのか?!では、会社員に戻って、休日とお金が手に入ったのか?!答えはノーだ。

結局、会社員として編集の仕事に戻り10ヶ月が経とうとしている。資本主義社会を象徴する国内外投資家を相手にする書物を作っているけど、こんな原価の高い本作って、一体何人の人がまともにこれ読んでるんだろうかと、ユーザーの顔が見えない日々にモヤモヤとしている。

 

日の当たらないオフィス、グレーのデスク、書類の山、自己防衛の主張しかしない制作陣。

現在の役割はディレクターと言い、いわゆる営業窓口と企画ディレクションの立場にいる。

聞こえは良いが、構成作成、原稿作成、撮影手配、やる気のない制作陣に頭を下げて制作依頼、お客さんから修正依頼を受けてはとにかく急ぎで制作依頼、頭を下げては制作依頼、お客さんにも頭を下げて、頭をただ下げ続け、誰が読むのか分からない書物を作り続けている。「及び」を漢字で書こうが平仮名で書こうが、混ざろうがなんだろうがどうでも良いとどっかで思ってるし、なんなら国で統一してくれやめんどくせえと思っている。

たしかに事実に沿って物事を書く必要があるけど、こんな説明っぽい文章誰が読むんだ?と思いながら原稿書いてることもある。

まぁ、仕事だから必死にやるけども。

 

結果、会社員になって何が良かったか?それは、足元見られたり、タダ働きや安く仕事を頼もうとする変な人が寄ってこなくなった事だろうか。どこに行っても私は満たされない。

私のフリーランス時代って何だったのか

ついに、3ヶ月で会社を辞めた。華々しい響きの外資系企業を。

辞めるときに、色んなことを考えた。「3ヶ月 退職」と検索すると、後悔するぞ、辞めとけ、どこにいっても通用しない、履歴書に傷がつく、ストレス耐性が低すぎる、3年は耐えろなどなど、まさにその通り!としか言いようがない言葉たちが私にストップをかけてきた。しかし、ストレス耐性が低く、飽きやすい私は、Resignation Letterの提出をストップすることができなかった。

すでに何社か面接を受けていて、全く手応えは感じていなかったが、提出してしまった。今まで培った自分の経験を捨て、何か新しいものになりたいと考え、初めての英文履歴書と初めての英語面接を突破し、希望に満ちて入社した会社をあっさりと手放した。

しかし、何のことはない。Resignation Letter、要は退職届を出したその週に仕事が決まったのだ。幸運だ。転職回数が多い35歳を受け入れてくれる会社があったのだ。

さすがに、もう新しい挑戦をしようとは考えていない。結局、長く時間をかけて自分が向き合ってきた事だけが評価され、自分の自信となり、その道で生きていくしかないと、どこかで悟っていた。

私はまた、編集とデザインの仕事へと戻る。仕事と私生活の境がなくなり、クライアントからは足元を見られて値下げに応じ、最後の方はぐちゃぐちゃだったフリーランス時代もあったが、もう理想を追うのは辞める。地に足を着け、会社員として仕事を全うするしかない。そこに気づくために、神様的な何かが、女たちの欲望としがらみと間違った方向に高い意識を持ち合わせた人間たちで渦巻いている外資系企業へと一時的に導いたと思おう。

フリーランス生活が長かったけど、会社員に戻る事への抵抗はあまりない。一時はフリーランスとして生活している自分に酔っていたのは事実だ。社畜で働くみんな、私は自由やで、お金持ってるで、と、毎日酒を浴び、高い腕時計を衝動買いし、悠々自適な生活を送っていた時期もあった。月に100万円以上使えるお金が入ってきたんだもの。私は勘違いを起こしてしまったのだ。しかし、売り上げが良い時期もあれば悪い時期もあった。資金の回収が遅れる、クライアントに支払いをしぶられるなどなど、話せがきりがない。まあ、全部自己責任なので、後悔することもないし、なんとか生きているし、良い勉強になりました。

一時期ほどでもないが、フリーランス・独立という響きは未だにファッショナブルだと思う。ファッショナブルって言葉を使うのはあまり好きじゃないけど、トレンディでファッショナブルって言葉そのもののように、実態が見えなくて、何が良いんだか説明がつかないけど時代にマッチしているその感じは、まさにファッショナブルだ。

フリーランス、自分の力でお金稼いですごいでしょ?って事だろうけど、会社を起こして社員一人一人の保険を負担し、何人も人を雇ってその人とその家族の生活を支えて、組織としてのシステムを作っている会社の社長の方が偉大である。背負っている責任の重さが違う。

フリーターという言葉がファッショナブルだった時代があり、派遣社員という言葉がファッショナブルだった時代もあり、そして今、フリーランスがファッショナブル。大きな括りで表示すると、フリーランスは請負契約をするため「アルバイト、パート、派遣、請負」などの非正規カテゴリであり、正規と呼ばれる「正社員」以外のカテゴリになる。なんとなく、非正規カテゴリで盛り上がっているけど、要は安く使える人員を増やして利幅を上げ、企業の売り上げを増やしましょうみたいな、その時代ごとの戦略に見えてしょうがない。違うかもしれないけど、そう見えてしまう。

これは認めたくなかったが、3ヶ月お世話になった外資系企業、これからお世話になる今の会社を含め、昨年から10社程度、面接の機会をいただいた。会社によっては、フリーランス時代の功績は一切無視される。これはまじだ。ビビる。私の8年間はなんだったのか?ああフリーランス?それって食べれるんですか?で、会社員だった頃の話ですが・・・・・・みたいな感じでスルーされるぜ。それは業種にもよるので、一概には言えないし、これから入る会社に至っては、フリーランス時代の功績、個人で作った売り上げ、仕事の規模をしっかりと見てくださった上、私の傷だらけの履歴書も受け入れてくださいったのだ。神かな。頑張ろう。

話は脱線したけど、要はフリーランスって実際はそこまで評価されないし、一度そこにハマったら、正社員に戻るのは結構大変だと思う。これは、フリーター・派遣社員と同じだ。友人もまた、2年ほどだけどフリーランス時代を経験し、思った以上に稼げない!結局会社員最高!という思いに至って就職活動をしたそうだが、決まるまで何十社と受け、1年近くかかって何とか決まったと言っていた。自分が言うのもおかしな話だけど、フリーランスやっていましたってだけで、何となく扱いずらそうだし、人間関係でドロップアウトしてフリーランスっていう流行の言葉に乗ってそれを名乗っていた軽い奴って感じするもの。本当、自分で言うのもなんだけども。もちろん、頑張っている人もたくさんいるの知っているけども。

バツが悪くなってきたので、今日はこれで終わり。

 

カップラーメンに烏龍茶を買うデブ的発想

そう、私はシーフードカップヌードルを買って烏龍茶を買った。カップヌードルを食べる事がいかに不健康か、自分で承知しながらも辞められなかったのだ。だから私は烏龍茶を買った。これで相殺できると思っているわけじゃない。だけど、心のどこかで烏龍茶が多少なりとも油分の吸収を抑えてくれるんじゃないかって期待しているんだ。

数ヶ月前まで私はフリーランスとしてある程度時間に自由が利く働き方をしていた。その8年間はカップヌードルを食べたいなんて思わなかったんだ。野菜と鶏肉をトマトベースで煮込んだ大量のスープを週一で作り、忙しい時の食事として解凍して少しずつ食べていた。

時には白米とチーズを足してリゾットにしたり、パスタに和えたり、パンと一緒にたべたり。肉食の彼氏(オーストラリア人で胃の強さが違う)が夕飯に肉ばかり食べるため、せめて朝昼は食費とカロリーを抑えるために野菜中心の生活を送っていた。

しかし、会社員に戻り自分の時間が少なくなり、コンビニのゼリー飲料と、たまに食べるファストフードが主食となった今、私は肉やカップラーメンを愛おしく感じるようになった。

 

働き方改革の影響だか何だか知らないけど、タイムカードや勤怠管理のアプリに残業時間が記録されたところで、月末に出す勤怠レポートには、毎日7時間だけ働きました(休憩時間1時間を引いて)。残業申請はありませんと申告しなくてはならない。

何のためのタイムカードで、何のための勤怠アプリなのかよく分からない。どうせ決められた日数分で残業申請ができないのなら、タイムカードもアプリも即刻廃止すればよいと思う。その時間が無駄だよ。その1つ1つの積み重ねがどれだけ従業員の時間を奪っているか、真剣に考えてくれればありがたい。新人だから仕事が遅いのかと思っていたけど、先輩方も年中隠れて残業している。そのうちの先輩1人はもう辞めてしまうけど。話が大幅に飛んだけど、なにが言いたいかってストレスが溜まると、不健康なものを食べるようになりがちだなって話だ。

 

話は戻る。烏龍茶とデブの関係だ。友人と大宮を歩いている時の彼女のセリフを思い出した。

「ねぇ見て。マックの袋持ちながら片手に烏龍茶持ってるよ。あれで相殺すると思ってるのがデブ的発想だと思わない?ああなったら終わりだよ」

まさに私は今、デブ的発想に行き着いた。だけど、そのデブの気持ちがわかる。きっと好きで烏龍茶とファストフードを持っているわけではないのだ。彼らも私と同じように、なにかしらのストレスや悩みを抱えてそうなってしまったのだ。そこにうまく漬け込んだ飲料メーカーやファストフード、インスタント食品会社の戦略に上手く乗ってしまった。

世の中は、本当によく出来ている。ストレス社会である事も、そうなった人達がどういうものを欲するかも、みんな先回りして出来上がっている。そして生活習慣病になって医者にかかれば、医者と製薬会社が儲かる。強者が儲かるようにできてる。よく出来てるな。

明日も3時起きだから寝るわ。

 

深夜タクシー代と1日の収入が同じ

タイトル通り、深夜タクシーの費用と私の給与の1日分が同額です。1日働いた分が、深夜タクシー代でなくなります。

悲しい。とても悲しい。

あ、今タクシー代が給与1日分を上回りました。悲しい。

タクシー代は自腹です。タイムカードは定時に切るようにとの事、残業していた事実を残してはいけないようです。

同僚は先日3日間会社付近のゲストハウスにお世話になり、もう一人の先輩は3日間インターネットカフェにお世話になったそうです。みんな自腹。ここまで来ると、明らかな業務過多じゃないかと思うんだが、誰かに訴えたほうが良いのかな?

ちくしょう!転職だ!

よくインターネットのバナー広告でみる「ちくしょう!転職だ!」というコピーが、どれだけ適切なコピーかという事を、身をもって知る事になった。

 

通勤途中で涙が止まらない。ちくしょう!転職だ!

 

クソパワハラ上司が日曜の朝からメールと電話で私を起こしてくる。ちくしょう!転職だ!

 

今の上司が来てから、古株の良い人達が辞め、さらに今月先輩が辞めていく。「私はパーフェクトでミスを起こしたことがないから、あなたみたいな考え方は理解できない」とドヤ顔で言ってくるクソ女上司の誤字脱字を下の者達が全力でカバーし、こいつに報告したら仕事が10倍に増えるからと隠す先輩方の隠蔽体質を作り上げ、辞めたいと言ったところ「何が原因なの?」と自覚ないその女上司に詰められ、「テメーのせいだ!」と言えないうえ、「あなたはもうすぐシフトで2番手になるんだから自覚を持って」と言われたけど、3ヶ月も経たない人間が2番手になるくらい人が頻繁に辞めていく体制を作ったテメーの責任だから、関係ねぇよクソが!ちくしょう!転職だ!

 

という事で、私は転職します。

 

 

転職から約2ヶ月が経つ

食事がまともに喉を通るようになった。

しかし、休憩をまともに取っていないために、落ちた体重4Kgは取り戻せない。もし、最初の1ヶ月間のように食事を摂らない状態が続いていたら、私はもっと痩せていたのだろう。

久々に会った人にも痩せたね〜と言われる。これは、正直悪い気はしない。もともと痩せ型だったが、20代後半から人並みに人並みの体型になっていたから。昔の服をそのまま着れるという事は、新しい服を買わなくて言いわけで、すなわちエコです。

 

海外のお客様は、優雅にこの街で生活しているわけで、頼られるときはヘルプを求められるときである。どこでドルを換金したらいいんや?どこで海外送金ができるんや?どこでお茶したらいいんや?洗濯機の使い方が分からねえよ?エアコンから水が落ちてくるんだけど?アイロンの使い方が分からねえよ。などなど、様々な疑問にプロフェッショナルらしく回答する義務がある。

そんな質問に対して、1人でシフトに入っているが故に、頼れるのはGoogle先生のみとなる。もしこの世にGoogleがなかったら。もしこの世にGoogle翻訳がなかったら。考えただけでも恐ろしい。幸いにもGoogle先生がいるこの時代にこの不毛な外資の職場へ降り立った私は幸いとしか言いようがない。報告書の英語のスペルが心配な時も、メールの文章が心配なときも、Google先生はなんでも答えてくれるのだ。

 

報告書の語学力は先生にカバーしてもらえるとして、問題は日々の報告業務の多さである。

シェアハウスしている外人は、最初はその不毛な職場と戦え!と言った。しかし、私のあまりにも疲れ果てた表情を見て、ついには転職を勧めるようになった。うん、私は転職した方がいいと思う。別に外資じゃなくて良い。幸せに朝を迎え、幸せに眠り、たまに同居人に料理を作ることを楽しみにし、丁寧に日々を生きたいのだ。

それがどれだけ大変で、今の時代においては理想の高いことなのかは承知している。

絵に描いた幸せは、あくまでも絵に描いたものなのかもしれない。それでも、丁寧に1日を過ごしたいという理想をかかげ、明日も上司にひたすら詰められながら私は生きていく。

今の目標は、死なずに生きる事である。

親に心配をかけないように。大切な人に悲しい思いをさせないように。寝るわ。おやすみなさい。

報告過多

望みがない。

会社のメールは一言一句注意されるこの会社に望みがない。

1つの依頼を受けた場合

・上司へメール報告

・手書きで引き継ぎを書く

・上層部へのレポートに記入

・関係書類をアップデート

裏で働いてる上司のツッコミがあれば、同じ作業をもう一度繰り返し、残業の大半は上司へのメール報告となる。

その間にもお客様は来るわけで、レシートの発行だけでもシステム的に5分くらいお客様を待たせる事になり、コピーを取るため裏のオフィスへ100メートルくらい走る。

待つのが嫌なお客様には、部屋へレシートをお届けして良いか確認し、夜間警備へ引き継ぐ。そのために引き継ぎのための書類を書く。

お客様への仕事1割、上司への報告9割。

終電に間に合わなくなりそうだったために家に帰ってからも引き継ぎ漏れをメール報告。なんやねん。

みんな疲弊し、辞めていく。辛い。